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「三内丸山縄文発信の会」2017年7・8月号縄文ファイルへ寄稿した応援メッセージを遅くなりましたが、投稿いたします。

恵比寿田遺跡(宮城)の地から
田中純一

縄文時代は平和な時が15,000年間も続いた極めて稀な時代であった。この時代が私もたいへん好きで昨年、「縄文観光」という縄文を冠した屋号で旅行業を開業した。
私の住んでいる宮城県大崎市田尻大貫蕪栗の恵比寿田遺跡からは国立博物館所蔵の遮光器土偶が出土した地域でもあり、本年は世界農業遺産申請をした地域でもある。「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界遺産登録申請とともに両者が認定されるよう祈念して止まない。
上述の世界農業遺産申請のメインは生物多様性が豊かに育まれた屋敷林「居久根」(いぐね)や冷害に適用する知恵「ぬるめ水路」などの宮城県の大崎耕土を潤す巧みな水管理システムが挙げられる。
一方、「北海道・北東北の縄文遺跡群」で特に私の興味のあるのは亀ヶ岡石器時代遺跡(紀元前1000年から300年)の遮光器土偶である。これは驚いたことに私の地域の恵比寿田遺跡の遮光器土偶の類似点が多い。同じ年代、同じ文様、そしてほぼ同じ高さなのである。写真は私の駄作の遮光器土偶であるが、実にこのような土偶が作られた目的や利用のされ方など、当時の状況を考えてみるだけで、ロマンチックな気分に浸れる。
美術的な造形的要素が最も豊富なのは縄文中期土器の「火焔型土器」が芸術的に魅力的である。これを一躍、世に広めたのは周知のとおり岡本太郎である。彼は縄文土器を見て衝撃を受け、この芸術性を賞賛した。「北海道・北東北の縄文遺跡群」の土器も芸術性に富んだものから、生活に欠かせなかったものなど数々の品々は私たちを魅了してやまない。
ところで、縄文時代は縄文土器、磨製石器を用いた狩猟・漁撈・採集文化に特徴があるが、青森県板柳町の土井1号遺跡の縄文時代晩期の朱漆塗り紐が発見されたことや日本最大級の三内丸山遺跡から出土した網かご類の復元実験など植物が注目されてきている。活動に使われたとみられる縄文人がいろんな植物と日常的に関わっていたことが遺跡出土遺物から見えてきており、食料・道具・建築資材・燃料・繊維・塗料・薬といった多方面への植物とのかかわりがおもしろい。さらに深く植物利用と技術の解明がなされることが、さいだいの関心事となってきているように思える。
このような課題が解明されるよう応援しながら、ぜひ世界遺産認定へそれぞれができることを一歩前へ進められるよう、関わりを強めていきたいものである。