ブナ林というと白神山地が世界最大級との事のようですが、実は100年前は舟形連峰が一番を誇っていたとのお話を小野田の90才位のお爺さんに伺う機会がありました。

以下のwikipediaより以前、100年前の話です。

この話はこうです。当時ブナ林は小野田(薬莱山553m)の麓まで広がっておりいた。標高400m位の高さでしょうか?
このお爺さんの家は薬莱山の東に位置し、山の中にあり、家の前には現在 幅5~10mの川があります。しかし、この川は以前は
飛び跳ねると越えられる堀のような幅しかなかったとの事です。ブナ林の持つ保水力が縮小したことにより、堀が川になった
との事です。信じられないような話でした。

では何故、建築材にもならないブナの木が伐採されたんですかと伺うと、ブナを燃やした後の灰が染粉として高く売れたのだというのです。
この100年前の話が本当だとすればwikipediaとかの以前の話も後世に残しておく必要があるのではないでしょうか?

尚、この話の真実をある森林博士に確認中です。返事があった際に再掲載する予定です。

wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%B9%E5%BD%A2%E5%B1%B1
開発と自然保護[編集]
船形山は集落から離れた奥山で、運送難から20世紀半ばまで人の利用の対象にならず、自然のままに育った原生的なブナの森が広がっていた。周辺には、山形県が1951年(昭和26年)に御所山県立自然公園を指定し、宮城県も1962年(昭和37年)側に約4万ヘクタールの広大な県立自然公園船形連峰を指定した。これに続き1966年(昭和41年)に周辺7町村が、山頂付近で奥羽山脈を横断する観光道路の建設を提唱して船形連峰御所山開発促進既成同盟会を作った[9]。この計画は、南の蔵王連峰や北の栗駒山と比べて観光的価値が低いこともあって、実現しなかった[10]。
船形山のブナ林は大部分国有林で、1965年(昭和40年)頃から林野庁が山奥まで林道を張り巡らせてブナ林を伐採し、急速に縮小した。伐採地に植えられたスギやカラマツは育たず、天然更新を待つとして事実上放置され笹地になるところが多かった。1985年(昭和60年)4月に周辺の住民が結成した「船形山のブナを守る会」によれば、結成時点でかつてのブナ林の3分の2が消滅していたという[11]。21世紀に入る頃に伐採は止み、破壊された森は再生に向かっている。

尚、私の知り合いに大分県の造園屋さんがおります。白神山地にブナの苗木を大分県で育てこちらの東北で3年かかるところを2年で育て
トラックで運搬し植樹しているのです。ブナ林を維持していくのも努力がいるのですね。